ふかぼりシンガポール

駐在者がシンガポールのあれこれを深く掘って紹介するブログ

なぜシンガポール人はロシアに好印象を持っているのか

なにげなく目を通したニュース記事で、シンガポールに関して気になる記載を見つけました。

www.yomiuri.co.jp

ウクライナ情勢を受けて国際的に対露感情が悪化しているという、「そりゃそうだろ」という当たり前とも思える調査結果を紹介した記事。

ロシアの印象を「好ましい」とした割合は、調査平均で10%、日本では6%、韓国では13%などと紹介されています。(中国や北朝鮮、インドやベネズエラといった親ロシア国が調査対象ではないのが残念なところです)

 

さて、本ブログとして注目すべきは以下の記述です。

18か国中で最も高かったのはマレーシアの47%で、シンガポールとギリシャの27%が続いた。

なんと、シンガポールではおよそ4人に1人以上、お隣マレーシアに至っては半数近くの人がロシアに好ましい印象を持っているという結果。これは私の持っているシンガポールのイメージとは異なるものでした。

 

ロシア政府は今年の3月、ロシアに経済制裁を行う国を中心に「非友好国リスト」を発表しましたが、その中にはばっちりシンガポールも含まれています。

シンガポール政府は対ロシア制裁として一部輸出制限や銀行取引停止を行っていますが、政府の対露姿勢とは関係なく、およそ1/4のシンガポール人はロシアに対して好印象を持ち続けているということになります。

 

では、ロシアに好印象を持っているシンガポール人が多いのはなぜなのでしょうか。この読売新聞の記事だけではどうにも詳細がわからないので、調査を実施したピューリサーチの報告を見てみます。

www.pewresearch.org

 

このサイトで詳細なレポートのPDFがダウンロードできるのですが、そこでは18か国それぞれの数字も確認できます。似たような調査として、「プーチンへの信頼度」を示す結果も載っていたので並べてみます。

「プーチンへの信頼度」に至ってはシンガポールで36%、マレーシアで59%と好感度調査よりも更に高い数字になっています。(日本はどちらも6%)

 

そして肝心の「なぜシンガポール(もしくはマレーシア)はロシアへの好感度が高いのか」という疑問については、このレポートでは何も述べられていないのです。。。

 

まず考えるべきはこの数字の信憑性です。例えばシンガポールでのアンケートの回答者が偏った属性(年齢・性別・職業・民族・最終学歴など)で構成されていたり、極端に回答数(N数)が少なかったりしたら、アンケートの結果は信頼できるものにはなりません。

念のためピューリサーチの調査を調べてみると、シンガポールでは、18歳以上の国民を対象とした携帯電話を用いたRDD(ランダムデジットダイアリング)で行われたとの記載があり、サンプル数は1001となっていました。(詳細はこちら

他の国でも同様の方法が採用されていることを考えれば、アンケート手法の違いでシンガポール(マレーシア)が異常値になっているという可能性は考えにくいところです。

 

さて、シンガポール人のロシアへの好印象の謎を解くために更に調べてみると、CNAのこんな記事を見つけました。(和訳タイトル:なぜ、ウクライナ戦争に関する親ロシアの偽情報が、シンガポールで反響を呼ぶのか?)

www.channelnewsasia.com

この記事に、謎を解く手がかりが散りばめられているように感じたので、簡単にポイントを記載してみます。

  • ロシア政府はウクライナ侵攻の正当化のためSNSを通じて偽情報を拡散している(ウクライナ当局をネオナチに例える、米国がウクライナで生物兵器研究のネットワークを運営している、等)
  • このようなロシアの偽情報に関するツイートに対して、東南アジアでも一定の拡散(ツイート・リツイート)が見られた。シンガポールでのリツイートのピークは3/9であり、シンガポール政府がロシアへの制裁を公表した3/5の後だった。
  • 東南アジアには米国に対する潜在的な敵意を持つ社会セグメントが存在する。
  • 潜在的に反米感情を持つ人々にロシアの偽情報がさらされると、「動機付けられた推論」や「確証バイアス」のためにそれを信じる傾向が強くなる。虚偽情報に繰り返されると、信頼性のレベルが低くても、それが真実だという認識が高まるという研究結果がある。
  • ロシアは反米・反西側感情を利用し、ロシアへの好意を生み出すことを目的としている

 

なぜシンガポール人がロシアに好印象を持っているのかというタイトルに回答する形にすれば、

反米感情という土壌に、ロシアの偽情報拡散という水が与えられることで、ロシアへの好印象が育っている

ということになるでしょうか。

 

先ほど掲載したグラフをもう一度よく見ていただきたいのですが、ヨーロッパにもシンガポールと同程度(27%)にロシアへ好印象を持つ国があります。

それはギリシャ。実は国民の反米感情が強く、2019年にも大きな反米デモが起きています。

反米感情の裏返しとして親ロシア感情が育っているという仮説はある程度の説得力を持つように思います。

 

ちなみに、先ほど紹介したピューリサーチのレポートのタイトルは「International Attitudes Toward the U.S., NATO and Russia in a Time of Crisis」であり、米国への好感度も調査されています。

これを見ると、米国に対して「好意的でない」と見る割合はシンガポール48%であり、調査対象国の中ではかなり高い方だとわかります。(日本は27%)

では、なぜシンガポールに反米感情の土壌があるのか。

かなり長くなってしまったので今回はこの点について深堀りはしませんが、反米と親ロシアが裏表の関係であるように、親中国と反米もまた裏返しの関係となっていることを指摘しておきたいと思います。

2021年のピューリサーチ調査によれば、調査対象国のほとんどが中国に対して「好意的でない」見方をしていたのに対し、「好意的である」と回答したのはシンガポール(64%)とギリシャ(52%)の2か国であったということです。(詳細はこちら